大学での問題を考える
最近の日本の学生は実学傾向にあるといわれています。
さらに大学院に進み、より高度な技術や知識を得れば、学者や教職はもちろんのこと、さらに就職活動の幅が広がるといってもよいでしょう。
つまり大学を資格取得や職業訓練のための専門学校と捉える生徒が大変に多いのです。
日本では諸省庁における官僚達の汚職・隠ぺい工作・無責任体制が連日マスコミに取り上げられています。そして民間企業でも同じような問題が起こっています。
日本においては奇妙なことに、善意から生まれた行為はたとえ失敗に終わっても責任追及の的にはなりにくいのです。
責任の所在をはっきりさせることなく、誰も責任を取らないで済んでしまうという日本独特の社会は、日本国家の国際的な信用を崩すことになりかねないといっても過言ではないでしょう。
大学で将来の希望に向かって勉強することは決して悪いことではありません。
それは日本の経済力や人的資源を生かして、日本が世界平和にどう貢献できるかを考えることです。例えば飢餓や疫病に関する問題には、日本の医療が必要とされるでしょう。この時、医学や保健学・衛生学を学んでいる学生は、診療補助などのボランティアとして先に述べたヒューマンセキュリティーに積極的に取り組んで欲しいのです。
時間は一瞬たりとも無駄には出来ません。大学時代に様々な経験と知識を蓄え、自分の将来像をじっくりと構想し、その実現に向かってひたむきに努力をして下さい。
大学での道徳とは
私達は社会の中の1人という存在であり、他人との関わりをもたずに生活を送ることはほとんど不可能です。それゆえ社会のルール、規範に従うのは社会に生きる人間として当たり前のことです。
日本の学生にとっての最終目標は、よい大学へ進むことであり、その為に学力を高め偏差値を上げることに力を注いでいます。
本来の勉強というものは、自分が本等を読み重要だと思うことを考え、自分で情報を取捨選択するものです。
大学受験にとって必要なものだから勉強する、必要でないものは理解する必要がないという現在の教育の根底にあるこの傾向は、損得勘定でしか動かない人間を形成してしまうことになります。
よって、すべてにおいて自分の損得だけを常に考えるようになってしまい、何が道徳なのか、どんな行動が正義なのか、また他人に対する思いやりの観念が欠落してしまうのです。
人間にとって一番大切なのは生命であり、これがなければ人間らしく存在することができないという部分を安全に保つことがヒューマン・セキュリティーの意義です。
そしてこのヒューマン・セキュリティーは、大学で学ぶことのできる科目のほとんどの部分に関わっています。
まず一つ目には人権保障があげられます。これは法学や哲学と深いつながりを持っています。二つ目に開発です。
国家の開発は、経済学や社会学に発展しています。
三つ目に環境です。開発が進むほど環境が脅かされます。この部分は社会学や人類学、生物学と密接な関係があります。
四つ目が人間の安全保障です。開発や環境の問題は、個人の人権や安全保障の問題とつながることは現在の世界情勢を見ればお分かりいただけると思います。
ヒューマン・セキュリティーはすべての社会現象を含む大きなカテゴリーであり、すべての学問につながるテーマです。

