大学において教養となることとは
「教養」を実につける場所として挙げられるのは大学です。大学では三つの「教養」を学ぶことができるといえます。
一つ目は、専門分野の基礎という意味での教養です。二つ目は様々な幅広いジャンルの知識を見につけるという意味での教養です。三つ目は歴史や文化、宗教や思想など個々の人間をより深く理解するための人文的な教養です。
この「教養」をより厳密に分けると、学問的、科学的である伝達することが出来る教養は公的な知識と考えられます。
この「教養」を育むのは何も大学だけに限ったことではありません。
古典を学んだ人には、その詩に使われる言葉のひとつからもその作者の意図すること、時代背景、感情を理解することが出来ます。
落語や歌舞伎にも同じこといえます。親は幼い子供に落語のフレーズを覚えさせることを教育の一つとし、実際に落語や歌舞伎にも連れていきました。
そしてこれらは学校で公的な知識として学ぶ、数学や科学などのように勉強さえすれば即理解につながるというものでもありません。
個人個人が置かれる時間的な、空間的な環境によってその出会い方は様々です。
しかしながら、大学のように同じものに興味や関心がある、同じ年代の仲間が集まる場所で議論することは、「教養」が育まれる絶好の環境であるといえます。
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